困難を情熱に変える具体的アプローチ

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人生の目的に気づく方法『僕が生きる意味』

死の直前で思ったこと

祖父は死ぬ間際

祖母に「ありがとう」と言いました。

それまで1回も言ったことがなかったのに。

何を思うか?

自分も死ぬ間際には
誰かに感謝をするのだろうか?

それとも何か後悔するのだろうか?

誰かを思い浮かべるのだろうか?

あなたは死ぬ直前に
どんなことを考えると思いますか?

私はまったく違うことを考えていました。

異変

体がおかしいと気づいたのは
夜中の12時でした。

とにかく気持ち悪いのです。

同じような状況になり死んでいった
親友のことを思い出しました。

「あぁ自分にもきたな」と。

後悔しない

いろいろ後悔するかと思ったら
そんなことはありませんでした。

なぜならもう死ぬからです。

おそらく考えればやりたいことは
たくさん出てくると思います。

しかしそれは無駄なこと。

考えても仕方のないことは考えませんでした。

感謝はない

誰かにありがとうと思うかと言えば
そんなこともありませんでした。

親の顔が一瞬浮かびましたが
それだけです。

感謝していないのではなく
感謝しても仕方がないと割りきったようです。

結構いさぎよい性格をしていますね。

無意味

いったい何を考えていたかというと
『無意味』という言葉でした。

無意味とは文字通り
意味がないということです。

死とは無意味だと思ったのです。

一瞬

「生きるとは今、この一瞬があるのみ

他には何もない

すべては一瞬の積み重ねである」

そんなことを思いました。

一瞬の積み重ねが限界まできたとき

人は死ぬのだと思いました。

無意味の意味

無意味は意味がないということではなく、
無に意味をもたせること
だと
私は思いました。

無に意味をもたせることが死なのだと。

死ねば何もなくなる

何もなくなるからこそ意味を持つ。

ただ帰る、それだけなのだと

恐怖はない

死の直前、恐怖はなく
積み重ねが終わっただけなのだと
受け入れました。

恐怖や感謝もなく
無あるのみ。

無は何もないのではなく、
無が意味を持つことが死なのだと。

といいつつ

まだ生きているわけですが、
とても貴重な体験だったと思います。

私は死を受け入れていたのだとわかりました。

死んだ後のことを考えても無意味なのですが、
パソコンの中身が見られたら
死ぬよりも恥ずかしいな。

そんな夜を過ごしたのです。

今できること

死とは無に近づくことだと感じました。

したがって死に対し準備できることは
無に近づいていくことかもしれませんね。

あなたも死の直前で何を思うのか考えると
今やるべきことが見えてくると思います。

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