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人生の目的に気づく方法『君が輝く最高の君へ』

生き方を見失ったのは日本の教育のせい?銀の匙から学ぶ生き方

私は毎日のようにメールをもらいますが、

2つのタイプにわけられることがわかりました。

 

まずメールを送ってくるという時点で、

やる気があり、行動力があり、素晴らしいと思います。

 

2つのタイプとは、例をあげると、次のようなメールです。

 

A.「ここがわからないので教えてください。」

B.「私はこうだと思うのですがどう思われますか?」

 

簡単に言えば、

Aは答えを求めていて、

Bは答えを出す手がかりを求めています。

 

Aは自分の外に答えを求めていて、

Bは自分の中から答えを出したいと思っています。

 

どうでしょうか?

どちらのタイプがより結果を出していると思いますか?

 

誰かが出した答えをあてにしている

 

学校では「知識のつめこみ」が多いように思います。

元々答えがある問題の答えを出すか、または、答えを暗記することが多いです。

答えの出ない問題はあまりありません。

 

日本は「答えを求める教育」だと思います。

 

すべてがそうではないですが、

そういう傾向があるということです。

 

したがって、「1足す1は何ですか?」という問題には答えられるけど、

「1足す1は何で2になるのか、あなたはどう思いますか?」という問いにはなかなか答えることができません。

多くの人は自分の頭で考えようとしないのです。

 

そして、答えを求めて、インターネットを開いて、

答えがないか検索したりするのです。

誰かが出した答えを真似しようとするのです。

 

それが悪いということではなく、

もっとできることがあるのではないかという話です。

 

どんな人間になりたいかがすっぽり抜けていた

 

マンガやアニメで人気の「銀の匙」

 

主人公の八軒(はちけん)は、夢も希望もないまま、

農業高校である大蝦夷農業高校(エゾノ―)に入学します。

 

学校のまわりを見渡しても何もない。

いるのは牛や豚やニワトリなどの家畜だけ。

 

入学してみると、思っていたのと違って、まわりは農家をついだり、獣医を目指していたりと、

しっかりと「自分の夢」を持っている人ばかり。

 

中学校での生活が嫌になり、

「寮がある」という理由だけで農業高校に来た八軒にとって、

夢を持ったまわりの人たちを見て、何もない自分とギャップを感じるのです。

 

そんな中、アニメの第4話では、まわりの学生と協力して、

自分が中心になってピザを作ります。

 

協力して、一つのことをやり遂げ、ちょっとだけ生きるということに希望を持ちます。

 

中学時代の担任が心配して八軒の様子を見に来たとき、こんな言葉を校長に言っています。

八軒の中学時代についてです。

 

「何かにならなければいけないという思いにしばられて、

どんな人間になりたいかがすっぽり抜けていた。」

 

私はそのセリフをきいて、本当は、こういったことが

教育にとって大切なのではないかと思ったのです。

 

答えはあなたの中にある

 

答えを求める教育は、

どこかに答えがあると思い込んでしまいます。

 

だから、上手くいく方法がどこかにあるのではないか、

誰かからいい話をきいたら自分も上手くいくんじゃないか、

どこかに正しい答えがあるんじゃないかと思ってしまいます。

 

そして、いつまでもそれを追い求めるのです。

 

ところが、いくら答えを求めても、答えはみつからないのです。

まわりは自分が持っていないものをたくさん持っていて、

そのギャップにショックを受けます。

 

自分もそうならなければならないと思い込み、

さらに答えを求めてさまようのです。

 

自分が求めている答えは、

誰かの模倣にしかすぎないことに気づかずに。

 

そして、答えを求めれば求めるほど、何もできない自分が浮き彫りになっていき、

「今の自分はダメでどうしようもない」というように、自分を否定し、認められなくなります。

 

自分が嫌いになれば、ますます答えは見つからなくなります。

なぜなら、答えは自分の中にあるからです。

 

自分がどうありたいのか。

それは誰かの真似をした、偽りの理想を求めることではありません。

 

「自分が本当になりたいもの」と「願望」は違うのです。

 

欲に流され、次から次へと求め続ける願望など、

本当にやらなくてはいけないこととは違います。

 

夢を持つことは、外に答えを見つけることではありません。

どう生きるのかを、自分の中から答えを見つけていくことです。

 

答えがないものに答えを探しまわる必要はまったくありません。

誰かと比べて、自分に何かが足りないと思い込む必要はまったくないのです。

元々足りないものなど、何一つないのだから。

 

自分は自分でしかなく、誰かと比べてもまったく意味はないのです。

 

あなたが目指しているものは、誰の目標ですか?

本当にあなたが目指しているものですか?

 

答えがないところに、答えを求めていませんか?

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