困難を情熱に変える具体的アプローチ

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人生の目的に気づく方法『僕が生きる意味』

18年間、佐村河内守氏のゴーストライターをしていた
新垣隆さんを見て思ったこと。

18年ってめちゃくちゃ長いですよね。

生まれてから高校卒業するくらいの期間です。


もし、自分が同じ状況だったら、
耐えられないと思いました。

その間ずっと苦しむわけですから。


どの程度罪悪感を感じるかは、
人によると思いますが、
人を欺き続けるというのはつらいものです。


そして、今回の件で思ったのは、

ゴーストライターであることを
隠し通してもつらいし、

ゴーストライターであることを
公表してもつらいということです。


佐村河内氏が、耳が聞こえないとして、
全聾(ろう)の作曲家と偽っていたのが悪いとしても、

それを共犯していたとしても罪悪感がありますし、

また、そのことを公にしても、
佐村河内氏を悪者にしてしまうわけですから、
やはり罪悪感があります。

教育者として罪悪感は禁

私は、同じ教育者として、
新垣隆さんの気持ちがわかる気がします。

生徒に教える教育者というのは、
罪悪感があってはつとまらないのです。


なぜか?


自分が悪いことをしていて、

「悪いことはしてはいけない」とは

本当の意味で教えられないからです。


そんな教育は、本質的におかしいわけです。


つまり、自分は心から教えたいのに、
心のどこかで自分を責めてしまい、
生徒を裏切っているという気持ちがはたらき、
心の奥底からがんばれない状態です。

教育熱心な人ほど良心の呵責に苦しむでしょう。

私は、新垣隆さんとはそういう人なのではないかと
思いました。


公表したのは、高橋選手が1つのきっかけに
なったことは間違いないでしょうが、
日々、罪の意識が積み重ねられてきた結果だと
私は思うのです。

罪悪感を持ったまま、人に教えるというのは
本当につらいと思います。

気持ちと行いが矛盾しているわけですから。

罪悪感を持つようなことは避ける

人は誰しも罪悪感を感じるものです。

もし、心のどこかで罪悪感を感じているなら、
それはやるべきではないと思います。

そして、もうやってしまったことに対しては、
素直にあやまるか、そのことを胸に、
今後はよい行いをしていくかどちらかです。


大切なのは、悪いと思ったことはやらないこと。

そして、人を欺き続けることだけは
やってはいけないと私は思います。

なぜなら、人を欺く行為とは、
自分を欺く行為だからです。

自分が行ったことは必ず自分に返ってきます。

本当の罪悪感とは?

以前、私の母は、

「逃げることなく、
罪をつぐなっていくことが大事だ」

と言っていました。


確かに罪をつぐなうことは大事だと思います。

しかし、私はそれでは一生苦しむことになると思うのです。

無期懲役です。


だから、”許す”ということも
必要だと感じるのです。


罪悪感とは、誰もが持っているもの。

だからこそ、自分も、相手も
最終的には許すことができることが
本当は必要だと思うのです。


どんなに悪いことをしたとしても、
『許せないことが本当の罪悪感』ではないかと
私は思うのです。

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