困難を情熱に変える具体的アプローチ

menu

人生の目的に気づく方法『僕が生きる意味』

私は学生のとき、芸能を目指したことがありました。

ドラマのエキストラとか、
バイト代がすごく良かったです。


監督がエキストラの中から
見た目で、使える人間を選ぶんですが、

他の役者を目指している人ではなく、
自分が指名されたとき、

ちょっと嬉しかった思い出があります。


そのときに受けたアドバイスで、
私の人生観が変わりました。


言われたことは、

『芸能人とは不幸な人』

という言葉です。


いろいろな人がいるので、
全員に当てはまるわけではありません。


ただ、人の心を動かす表現ができる人というのは、

”何か”を持っている人なのだと思います。


何か持っているとは、

他の人にはない”何か”を持っている
というのとは少し違います。


それは表面的に見えている部分であって、
本質は別にあると思うのです。


より正確には、

『まわりのみんなは普通に持っているけど、
自分は持っていない、もしくは失ってしまった。

そして、自分が持っていないということを、

”明確に”自覚している。』

ことではないかと。


持っているものは才能と呼ばれるかもしれません。

だけど、それは他の人にはないものを
持っていたというよりは、

他の人が普通に持っていたものを
持っていなかったから、
持つことができた
と思うのです。

 

例えば、私は、表面的には
明るく見えるかもしれませんが、

実際は、暗い過去があり、

心の奥には暗闇を飼っているんですね。


読者の中には鋭い人がいて、

私に『影』があると言った人もいました。


その通りだと思います。


他の人にできた普通のことができず、
普通のことができなかった代わりに、

普通では持てない経験や感情を
持つことができた
のです。


その経験からあったからこそ、

心の奥深くから、言葉が感情をともなって
表に出てくるんですね。

 

芸能人も、小説家も、芸術家も、

同じだと、私は思っています。


歌手なんか、1番わかりますね。

ちょっと歌っただけで、

そこから伝わってくるものがあります。


それは、その人からあふれ出てくる、
持っている”何か”だと思います。

すべて経験から来ているということです。


だから、経験が少ないことを語ろうとしても、

うすっぺらかったり、

心に届かなかったりするのだと思います。

 

経験の深さが、表現の深さだと思うのです。

 

『芸能人とは不幸な人』というのは、

マイナスにベクトルが向いているというよりは、

人に伝わるだけの”心の深さ”
持っているということ
だと思います。


深さというのは、

懐の深さを意味します。

 

そして、心の深さを持っているということは、

「本当に欲しているものを持っていない」という
側面を持ち合わせているように思います。


不幸という本質的な意味は、

「満たされていない状態を持っている」

ということだと思うのです。

 

あくまで個人的な意見ですが、

人は満たされると同時に、
満たされていなかったときの気持ちを
失ってしまうのだと思います。


「あの歌手は、あのときはすごく心に響く歌を
歌っていたのに、

売れたとたん、何も感じなくなった。」

ということがあると思います。


もちろん、いろんな理由がありますから、
売れたときには、売れるように曲を作っていた
ということもあると思いますし、

売れてからは、売れる曲より、
本当に作りたい曲を作っているということもあると思います。

ですが、それはやはり表面的なことで、

もっと本質的な部分があると思うのです。


例えば、売れる曲と心に響く曲が同じではないように。


心に響く曲とは、どんなに歌が下手でも
心に響くのです。


だから、心に響かなくなったというのは、
売れることによって満たされると同時に、

”肝心な何か”が失われてしまったのでしょう。


満たされてしまったからこそ、
失ってしまったのです。

 

したがって、何かを表現できる状態というのは、

”不幸”な状態がずっと続くとも言えます。


だから不幸と言われるのだと思います。

 

人間は進化していく過程が素晴らしいのであって、

進化しなくなってしまったら、
平凡で、つまらなく、淘汰されるだけです。

不幸だから進化しようとし、
その過程が感動を生みます。


不幸とは、信念であり、情熱であり、
アイデンティティでもあります。


問題なのは、人は不幸でなくなりたいがために
努力をするのですが、

不幸を失ってしまうことで、
本質的な部分を見失ってしまうことがあるということです。


そうならないように、
仮に不幸を失ったとしても、

不幸であった心は絶対に失ってはならないと
私は考えています。

不幸の心があるからこそ、

人に感動を与えられるのだから。

 

もし、自分が不幸だと思うのなら。

不幸は、他の人が持っているものを
持っていないということ。


持っていないからこそ、

他の人にはできない表現ができるということ。


夢を与えられるということを
忘れないでください。

 

また、人を動かす表現ができないというときは、
不幸ではないのかもしれません。

時には代償を払うことが、

生きる力となり、

自分を一段高めてくれる成長への
原動力へとつながることを知っておいてください。

 

人は才能があるから凄いのではありません。

才能の奥に経験があるから
凄さが伝わるのです。


才能をなげく前に、

自分が生まれ持った代償によって
他の人にできない経験をしていること
に気づくべきだし、

そのために生まれてきたのであり、

また、生まれ持ったものがなくとも、
代償を払って、経験を重視すべきだと
私は思います。


人は誰しも不幸であり、

不幸でできているから人間らしさがあり、

不幸を生かすために
私たちは生きているのだから。

 

芸能人とは、そのことを
もっとも体現している人たちだと思うのです。

不幸バンザイ!

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。