困難を情熱に変える具体的アプローチ

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人生の目的に気づく方法『僕が生きる意味』

人は失って初めて大切なものに気づく

「子どもを作ることは難しいでしょう」

医者の言葉が私たち夫婦に暗い影を落とした。


ところが、医学の進歩は目をみはるものがある。

しばらくして、妻の病気が
治る見込みが出てきたのだ。


ほんの何%かもしれない。

それでも、私たちはその可能性にかけた。


それから長い闘病生活に入った。

私は仕事を終えると家に帰り、洗濯をし、
WOWOWの海外ドラマをDVDへとうつし、
病院へと向かった。

職場と家と病院を往復する日が続いた。

 

そして手術の日が来た。

手術が始まって間もなく、私の携帯が鳴る。


「一緒に主治医と会ってください」

私の教え子の母親からだった。


言ってしまえばモンスターペアレントで、
私が妻の手術で病院に来ているタイミングをはかって、
電話をかけてきたのだ。

自分だけでは不安だから、自分の子どもの主治医に
担任である私にも一緒に同席してほしい。

たまたま同じ病院だった。


「もうそこまで来ていますので」


信じられないかもしれないが、
世の中にはそういう人もいるのだ。

断ることもできたのかもしれない。

だけど、私が仕事熱心だったこともあり、
手術は待っていることしかできないので、
その主治医と会うことにした。


それからもう一悶着あったおかげで、
思ったよりも長い時間がかかり、
妻の手術はいつの間にかに終わっていた。

 

病室に行くと、麻酔から覚めた妻は
苦しそうにもがいていた。

「ぅうぅうぅぅ・・・」


手術で話すことができず、
私は急いで売店に行き、
ノートとペンを買ってきた。


「しぬ、しぬ、しぬ」

殴り書きされた文字は私の想像を絶していた。


それから24時間つきっきりで、
妻のそばで痰を吸う作業を手伝った。

 

病状が落ち着くと、
また職場と家と病院を行き来する毎日が続いた。

痛みが激しく、痛みどめが効かないときほど、
見ていてつらいものはなかった。


痛みどめを打っても、数時間で効果は切れる。

1日で、痛みどめを打てる回数は決まっている。


朝から夜中まで。

あなたは1日中ナイフで体を切り裂くような痛みに
耐えられるだろうか?

 

それでも、妻はある1つの願いを心に抱き、
その痛みを耐え抜いた。

 

病状が回復に向かってからは、
日に日に妻は元気になっていった。

そして、無事退院の日を迎えることができた。

自宅療養に切り替わった。


それから1年後、
医者から完治したかどうか、
検査結果を受け取る日が来た。


「ほぼ完治したと思って間違いないでしょう」


私たちは手を取り合って喜んだ。

結婚してから1番の妻の笑顔だった。

 

ついに、長かった闘病生活は終わりを告げたのだ。

もう妊娠の禁忌薬を打つ必要もない。

私たちは病気に勝ったのだ。


結婚して5年が経っていた。

 

私たち夫婦に、やっと普通の生活がやってきた。

”普通”の生活がどれほど大切なことか。


普通だったときは、
そのありがたさに気づかなかった。


失って初めて、あのときは幸せだったと気づくのだ。

 

私たちは幸せに包まれていた。

 

しかし、その幸せは長くは続かなかった。

どういうわけか、なかなか子どもができなかった。

 

どうして妻は、あのつらい、
痛みに耐え続ける生活を乗り切ることができたのか?


それは、

「この病気が治れば赤ちゃんが、
私の赤ちゃんが作れる」

たった1つのまだ見ぬ子への想いを胸に、
地獄のような日々を乗り切ったのだ。


子どもができない日々は、
私たち夫婦に静かに溝を作っていった。

そして、気づいたときには、
修復できないほど大きな溝になっていた。

 

 

 

 

 

 

夕暮れ時。

私は仕事はそこそこに
近所に散歩に出る。

 


明かりを灯し始めた家々。

お父さん、お母さん、子どもたちと、
1つ1つの家に家族がいるのだろう。

そこにはどんな会話があるのだろうか?


もしかしたら、お父さんは、
みんなから嫌われているかもしれない。

それでも、そこには家族がいるのだ。

通り沿いに立ち並ぶ、明かりのついた家のそばを通る度に、
どうしようもない感情にかられる。

どこからかただよってくる美味しそうな匂いに、
妻が台所で、包丁とまな板を手に、
少し不器用なリズムで野菜を刻んでいる姿を思い出し、
私の涙腺が少しゆるんだ。


「子どもは何人ほしい?」

つらい闘病時代に語り合ったあの頃を懐かしみ、
もし、子どもがいたらあのくらいだろうかと、
近所のおばあちゃんが孫と遊んでいる姿を見る。


子どもが投げたボールを
おばあちゃんが拾いにいく。

そのボールを、子どもがまた
違った方向へと投げる。

投げたボールはコロコロと転がっていき、
道路の横の溝に落ちた。

 

そして私は、ほされたままの洗濯物が待つ、
六畳一間のアパートの階段を、
音を立てずに静かにのぼるのだ。

 

『人は失って初めて大切なものに気づく

本当に大切なものは今もそばにある』

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