困難を情熱に変える具体的アプローチ

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人生の目的に気づく方法『僕が生きる意味』

自分の弱さを見せることができる人が本当は強い人

完璧主義かなと思う人へ。

最近、「なぜあそこまでしていたんだろう?」と思うことがあります。


それは、RPGなどのゲームで、

「全部やらないと気が済まない病」です。

完璧主義ですね。


 ・宝箱を全部取らないと気がすまない

 ・マップを全部行かないと気がすまない

 ・村人には全員話しかけないと気がすまない

みたいな。


実は、妻の方がすごくて、
ぶあつい百科事典のような攻略本を見ながら、

100%コンプリートを目指していました。


私はそこまではいかないけど、
”自分の中での100%”を目指していました。


私の性格で、

『自分の弱いところを他人に見せたくなかった』

だから、ゲームでも、

自然と完璧を目指していたんですね。


エリクサーとか、最後まで1回も使わなかったりとか(笑)


だけど、それって、
「完璧をめざして、逆に損してるんじゃね?」
と思ったんです。

 

私は1回死んで、本当にそのことに気づかされました。

 

離婚して、初めて、

「あれ?俺、いろんなこと気にしすぎじゃね?」

と気づいたんです。


それまでは、自分の中で

「~しないといけない」

という思いが強くて、


変にプライドがあって、

自分の弱いところを絶対に人に見せないようにしていました。

 

『自分の弱さを知られたくない』

 

という思いがあったわけです。

 

だけど、それだと、自分でもつらいし、

まわりにも、本当の自分を
わかってもらえないんですね。

 

何か、「こうならないといけない」という、

まわりが求めている自分を勝手に自分で作っちゃって、

勝手にがんばって、勝手にストレスためて、

勝手にまいって、人生つまんなくなってるという(笑)


まわりの影響で作られた自分で、

『自分じゃない自分になろうとしてた』

みたいな。


本当は、素の自分でいれば
それでよかったんだと思います。


それができなくて、

よい社会人でいないといけないとか、

よい夫でいないといけないとか、

勝手に思い込んで、

自滅したわけです。


だけど、1回死んで気づいたんです。

「俺って弱いな」と。

 

よく考えたら、ゲームの主人公って、
めっちゃ弱くないですか?


結構いろんな壁にぶつかって、

くよくよ悩んだりしてますよね。


だけど、めっちゃ弱いのに、
かっこよくないですか?


弱さを素直に出しているけど、
まわりの仲間に助けられて成長しているんだなと。


変にプライドが高くて、
完璧を目指しているキャラって、
たまに敵で出てくるけど、
すぐに倒されますよね(笑)

どうでもいいサブキャラだったりします。


それって主人公じゃない…。

俺って、サブキャラだったんだ。

だから勝手に自滅したんだ。

 

自分の弱さを見せることは、

弱いことじゃない。


むしろ、自分の弱さを見せることができない人こそ、

弱い人なんだ。


自分の弱さを見せることができる人が、

本当は強い人なんだと。

 

私は1回死んで、それに気づいたんです。
(何回言ってんだ(笑))

 

だとしたら、
素でいいわけです。

いいとこ見せようとか、プライドとか、
そんなことはどうでもいいんです。

隠そうとする自分が弱かった。


そして、大切なのは、

人生というゲームを”主人公”として楽しむことです。


自分が楽しめたかどうかが大事なのであって、

完璧かどうかは、関係ないなと思ったんです。


もちろん、完璧にすることで楽しめるならいいですが、

完璧をめざしすぎて、楽しさを犠牲にしたり、

成長できる機会をなくしていたら、

それはもったいないことですよね。


悩みながらも、

素直に打ちあけて、

仲間と共に成長していける人が、

本当に強くなれると思うわけです。


自分の弱さを人に見せることができる人は、

人の弱さをわかってあげられて、

それでも、努力していく姿に、

人はついてくるのだと思います。


完璧な人についていくわけじゃない。

努力している人についていくんだと。


そして、完璧をめざすのは悪くはないけど、

完璧じゃないことを人に知られないように隠すことは、

楽しさを犠牲にしているし、成長するチャンスも失っている。


素でいいんだ。

だけど、努力はしないといけない。

弱い自分だから、強くなれる。

自分は人生の主人公なのだから。

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