30Jul
「鬼塚先生はいつも通りでいいのよ。
例えばね、パンを買いに来たとき、
食べたことないパンばっかりだったら不安でしょ?
不安なときほど、いつもと変わらないものが
ありがたいものなのよっ」
と言って、GTO4話で
理事長は焼きそばパンを手渡し、
鬼塚はパンにかぶりつきました。
『いつもと変わらないもの。』
そんなものが自分の中にあるのだろうか?
焼きそばパンというと、きんぎょ注意報を思い出します。
大人気のパンは高額で取引きされたほどです。
なぜ焼きそばパンは人気なのでしょう?
私が学生のとき、ブログに、
「すべてはフェイク」というタイトルで、
どうにもならない胸を刺す痛みを、
偽りだらけの世の中にぶつけたことがあります。
ご飯を炊くとき、米をとぎます。
美味しい米と美味しくない米の違いは、
すぐにわかります。
米をといだとき、重みが違うんですね。
美味しい米は、米粒1つ1つが大きく、
「俺は美味いんだ」と自己主張しています。
美味しくない米は、粒が小さく、
形もいびつです。
1つ1つの粒が集まって、合わさって、
1つになって、
炊き立ては、ツヤがあり、湯気が上がり、
それはそれは美味しいものです。
私は美味しくない、いびつなものの
寄せ集めだったんですね。
そのことがわからなかったから、
ただ「世の中は偽物ばかりなんだ」と、
どうしようもない気持ちを
はき出すことしかできませんでした。
でも、今はわかります。
気づいたんです。
私は、寄せ集めだったんだと。
焼きそばでもない、パンでもない、
ただただ何ものでもない、
小粒のつぶつぶだったんだと。
そして、自分がどうすべきかもわかったんですね。
つぶつぶのつぶつぶを
1つぶずつ、大きくしていけばいいと。
「すべてはフェイク」だと言う自分も
その偽物の中の1つだから。
本物になるには、
自分の中の1つ1つの才能を
磨いていくしか道はないんだと。
米は3日や1週間ではできないですよね。
ましてや人間なんてものは、
炊きあがるまでに80年とかかかるわけです。
米を研いだ後のキラメキと、
刀を研いだ後のキラメキと、
人を研いだ後のキラメキは同じではないでしょうか。
自分を研ぎあげるのに80年。
それを1ヶ月や2ヶ月で”やり研げよう”として、
刃こぼれを作ってしまうのは、
当然のことだなと。
焼きそばパンをかじり、鬼塚は、
「ありがたいっすね」と言い、
理事長は手を出し、
お金を要求しました。
研ぎすまされたものは、
お金を払う価値があります。
価値とは、一朝一夕でできるものではありません。
そして価値とは、研ぎすまされたものであり、
自分の中にある才能のことです。
その才能は、最初はいびつで、
つぶつぶの状態です。
自分の中のいびつな粒を1つ見つけ、
80年かけて育てていく必要があります。
どの粒を育てればいいのか、
気づくためには、いろいろなことにチャレンジし、
人と話し、フィードバックを得る必要があるでしょう。
人の価値とは、人の中にある本当に小さな
1つ1つを大切に、丁寧に、時間をかけて
磨いていったときに、
それらの集合体として現れるものだということを、
大切にしたいです。
そして、長い年月をかけ、育てあげたとき、
焼きそばパンのように、
そこにあるだけで、
まわりの不安を打ち消してくれる
『いつもと変わらないもの。』
そんな存在になれるのではないでしょうか。
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