困難を情熱に変える具体的アプローチ

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人生の目的に気づく方法『僕が生きる意味』

お金があっても幸せになれない

『お金があっても幸せになれない』

私はこれはもう1つの真理だと思っています。


ここにコップがあります。

コップにはなみなみと水が満たされています。

そこに1滴の水が落ちます。

すると、コップの水はあふれます。


そのあふれだしたものが幸せだと思うのです。

 


お金があれば幸せになれるというのは、
幻想です。

もちろん、生活できるだけのお金は必要です。


ですが、お金があれば幸せになれるようで、
実際はそんなことはありません。


私は大切な人を失って、
そのことに初めて気づきました。

 

人間には欲があります。

その欲は、目標を叶えるためには重要です。


だけど、それは幸せになるためのものではないのです。


なぜなら、”何かを満たそう”とする欲は、

満たした時点で満足してしまい、

その満足感が長続きすることはないからです。


どんなに欲しいものでも、

欲しいと思っている間が一番気持ちが強く、

手に入れてしまった瞬間に、

その気持ちは消えてしまうのです。


そんなすぐに消えてしまうものが、
私たちが求めている幸せなはずがないのです。


もちろん、しっかり努力して手に入れたものは、
大きな満足を与えてくれるでしょう。

だけど、その気持ちが長続きすることはなく、

さらに大きな欲は、次から次へとわいてくるのです。


空のコップにいくら水滴を入れても、
いっぱいになることはありません。

そして、そのコップは、
水滴を入れるほど、大きくなるのです。

いつまでも満たされることなく、
欲望だけが大きくなっていくのです。

 

幸せとは、自分の内側からあふれ出てくるものです。

自分の心から自然とわきだし、
内側から満たしてくるものです。


決して、自分の外から何かを与えられて
満たされるものではないのです。

 

もし、何かを得て幸せを感じることができるとすれば、

それは、今、何もなくとも、

”自分が幸せである”と気づくことができる人でしょう。


今、幸せであることに気づけなければ、

何かを得たとしても、心から幸せを感じることは難しいと思うのです。
実際、私はそうでした

 

自分が何かを受け取るとき、


足りないものを満たそうとしたのか、


それとも、すでに満たされているところに与えられたのか、


本当の幸せとは後者だと私は思うのです。


なぜなら、足りないものなど本当は何もなく、
すでに私たちのコップは、
幸せで満たされているからです。

何かが足りないという気持ちがあることは、

幸せを感じる気持ちとは相容れないものではないかと思うのです。


そして、何かが足りないということは、

それは、努力の対象となり、
自己の成長とつながるわけですから、

そのことすらも幸せなことだと思うのです。


何かがないから不幸せということはなく、

何もないからこそ、幸せだと思えること。

そこに幸せな人とそうでない人の

捉え方の違いがあるのではないのでしょうか。


あくまで私の考えです。

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